2年前にオーダーを承ったフルオーダーの指輪がようやく完成したので御披露目。
今回のフルオーダー制作は史上最難の内容であり、デザイン構想に1年半以上、実制作に数ヶ月という異例の歳月を要して完成に至った渾身のリングとなった。
当然、実働時間としてはもっと短くなるが、約2年もの間抱えていた案件であっただけあって安堵感も一入である。
まず、オーダー内容は以下のようであった…
- 幅5mm~10mmで、厚みが2~3mm程度の平打ちを基調とした銀(Silver925)のリング
- 平打ちをベースとしたシンプルなリングの中にペシミズム(厭世観)、ニヒリズム(皮肉)を表現したデザインを施す
- リングは燻しを一切施さず、ヘビーユーズに耐え得る耐久性を持ち、使用に伴う傷によってデザインに深みを与えられるもの
- 文字の彫刻は不可
というもの。
普段、フルオーダーのご依頼をいただく場合は、具体的なモチーフとある程度のデザイン指定を受けてから制作に入ることが通例である。
しかし、今回はそういった概念を超越した抽象的なオーダー内容であったが故に頭を抱えたが、xCROWxNILxTAILxCOCKxの名を廃らさぬためにも、ご依頼を快諾の後、途方なき制作活動の火蓋が切られたのである。
依頼内容の詳細からして、中途半端な作品を創ることは私個人にとっても絶対に許されない。
幸い、先方からは何年でもお待ちいただけるとの猶予を得ることができたので、とにかくこの「抽象の具象化」とでもいうべき難題を遂げるためにいかにしてデザインを構築するかが最初の課題であった。
「こんなものを創ってほしい」という依頼主の想念は魂に例えることができる。
すなわち、オーダーメイド品の制作者に求められるのは、その魂が宿るべき肉体を創造することである。
そもそも、オーダー内容自体は見ようによっては非常に具体的だ。
しかし、その言語的内容を落とし込むための適切な媒体が存在しない。
例えば、「蛇をモチーフにしてほしい」と言われれば、蛇は物質界に存在するのですぐにデザインを思い描くことができる。
しかし、「厭世観をモチーフに」と言われると、厭世観というものは物質界には存在しないため、魂と肉体との最適な接続が途端に困難になるのだ。
今回のオーダーの難関はまさにそこにあり、むしろ選択肢が広過ぎるといってもいいのかもしれない。
結果として、長期間要しはしたものの、私は答えを導き出し肉体を得て誕生したのがこのリング。
以下はデザインコンセプトとなる。
指輪という円の形状には、永遠に繰り返す生死や四季、満ち欠けする月や輪廻転生など、時の流れの永遠性の観念が内包されている。
今作はその永遠性をこの物質世界の栄枯盛衰や盛者必衰などの無常になぞらえて表現した作品となる。
ベースは平打ちリングで、その表面領域を二分割し、フラットな面と経年によって徐々にヒビ割れ欠け落ちた面の二面にすることによって、一つの指輪の中に時の経過の概念を落とし込んでいる。
リング内側にも半周に亘って同じようにクラックを刻み込み、リング全体の統一感を表現。
そして、着用による傷や経年による硫化に伴い、このリングは更に深みを増してゆくはずだ。
時を経るに従い、そのものの先天性に関係無く傷付き老いてゆく事で最後には同じように死を迎えるという虚しさやそこから生まれる虚無感・厭世観(ペシミズム)を表現している。
次に、このリングで最も目を引くポイントは中心に彫り込まれた彫刻であるが…
この模様は、瞳の中に入っていく蛇を彫り込んだもので、この目は「ホルスの目」を表している。
ホルスの目とは、古代エジプトに起源を持つ「完全性」を意味する意匠で、フリーメーソンのシンボルである「プロビデンスの目」のルーツであるといわれているシンボルである。
このホルスの目を、我々を監視している目、つまり我々が支配されているという事実の象徴として捉え、その中に「再生」を象徴する存在である蛇が入っていく…
これは、支配的な社会に対する疑問符や破壊願望を表現している。
完全性の先には崩壊以外の道は無く、崩壊後再度再生することでしか時間という概念は意義を持つことができないという皮肉(ニヒリズム)を表した彫刻でもある。
以上のコンセプトを内包して完成したこのリングは、ペシミズム・ニヒリズムを併せ持ち、経年によってデザインに深みを与えることができ、ヘビーユーズにも耐え得る造形作品として、オーダー内容に沿った返答をし得る仕上がりになったはずだ。
使用素材はSilver925。
また、今回はこのリングにタイトルを付けてほしいというご要望があり、私が題したタイトルは「QLIPHA(クリファ)」。
Qliphaとは、「殻」を意味するヘブライ語であり、これは古代の神秘思想カバラの概念であるセフィロト(生命の樹)と対をなして存在する「クリフォト(死の樹/邪悪の樹)」の語源である「クリファ」を由来としている。
そして、この「殻」を意味するQliphaを、中身を包むもの、包括するもの、転じて釈迦の唱えた空(くう)の概念として捉えることで、このリングを「あらゆる知識や隠された真実を受け入れることのできる空(から)の器」として定義したタイトルとなっている。
…ということで、今回のオーダーメイド制作を通じて、この物質世界と精神世界における捉え方や考え方に対する理解を以前より深めることができたと思う。
この場を借り、ご依頼者様には改めて感謝を申し上げます。
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著/臣咲貴王