菜食主義に捧ぐストイック解禁日

菜食主義 ベジタリアン

2017年春をもって、我がベジタリアン歴は6年となり、動物性食品を完膚なきまでに拒絶する趣向である完全菜食主義の「ヴィーガン」としては1年半の歳月が経過しようとしている。

つまり、動物の肉(哺乳類、鳥類)に関しては、6年間一度たりとも口にしていないことを意味する。

 

その字面による印象は一見、食における完璧なストイシズムを敢行しているように思わせるものであるが、誠に勝手ながら、肉を除く動物性食品の摂取については独自ルールを設けており、その鞭なるストイックさに曖昧な飴を与えている事実があることを特筆しておく必要があるだろう。

 

どのようなルールかというと、年に二回だけ、魚介類と卵については食べても構わないという解禁日を作っているのである。

そして年に一回のみ、ラクト・オボ・ベジタリアンとして、卵と乳製品というドリームタッグの摂取を許容している日もある。

但し、肉は一切食べない。

 

ならば、完全菜食のヴィーガンというプリンシプルは嘘なのか、という話にもなりかねないが、年間365日の内たった三度である。

何にせよ、肉は一切食べないのだから、ベジタリアンであることに相違はない。

 

ここで今一度、現在私が日常的に禁じている食品をまとめておこう。

以前からの変更点も多少あるので。

  • 肉及びそれらのエキスを使用した食品(全ての哺乳類、鳥類を禁ずる。)
  • 魚介類及びそれらのエキスを使用した食品(但し、年に二回のみ解禁。)
  • 卵(年に三回のみ解禁。※1)
  • 乳製品(年に一回のみ解禁。※1)
  • 化学的な食品添加物(ごく稀になら摂取することを許容。)
  • 白砂糖、グラニュー糖、三温糖(ごく稀になら摂取することを許容。)
  • 白米及び精製された穀物(可能な限り避けているレベルであり、厳密には禁じていない。)
  • パン(ほとんどのパンは乳製品を含むので食べられない。 精製された穀物である小麦粉も避けているので、乳を含まないパンに関しては白米と同様の扱い。)

このように、ヴィーガンとしてだけでなく、「マクロビオティック」の要素も少々織り込んだプログレッシブな食スタイルとなっている。

 

※1 尚、例外として、人から頂いたお菓子などに卵、乳製品、食品添加物が含まれていた場合については、背徳を感じながら食べることにしている。

言ってしまえば、そのような善意は菜食主義者にとってのストレスとなり得るギフトなのだが、要は、そのようにしてヴィーガンでない人々を否定することを避けているのだ。

しかしながら、肉が含まれている食品は一切食べない。

 

とは言え、私は生まれてから25歳までの間は、大衆文化に根付いた雑食生活に身を置いていたので、食における世俗の通念はある程度理解できるつもりでいる。

それを踏まえた上で冷静に考えてみると、今後一生涯に亘って肉を食べないという決意は異常な思想に値するものである。

だが、個人的には、これまでの地上生活で得た情報を、医学的、また倫理的観点から統合することで、自然発生的に生じた持論に対して矛盾の少ない食様式であると捉えており、今後の人生において、もはや過去の精神ステージである肉食的な食生活に退行する可能性は限りなくゼロに近いだろう。

 

ベジタリアンという主義は、世界的にみてもマイノリティであり、日本国においては特に異端視される傾向にある。

よって、他者の共感を得る機会がほとんどない菜食主義者には、ソウルの領域において常に孤独が付きまとう。

しかしながら、例えば一アーティストとして、xCROWxNILxTAILxCOCKxというブランドを武器にこの怠慢な社会と戦い続ける職務がある私にとって、そのソリタリー的発想の発生は必然であったのだと思う。

マジョリティ未踏の領域に踏み込んでこそ、革新的周波の受容体としての精神性が形成されるのであり、そのテリトリーの中で鍛錬されたアイディアが発信者として純粋無垢に機能するとき、我々の進むべき未来にとっての真なる価値を場に創造し得るのであり、芸術を志す者として、その孤独感は歓迎すべきギフトなのである。

この6年間、そして今後も全うすべき菜食生活で得た体験が、ブランドの偉大な功績に繋がることを信じつつ、本日もささやかに全粒粉パスタを頬張るとしよう。

 

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著/臣咲貴王



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