ラクト・オボ・サタニスト

井筒ワイン

ベジタリアンにとって、肉食は禁忌(きんき)であり大敵である。

ヴィーガンである私だが、その食生活には独自の解禁日を制定しており、肉を食べることはないが、魚介類、卵、乳製品については意図的に食べて構わない日を一年に三度設けている。

 

来る1月14日(Sun.)、分針の登頂達成と共に私は酸化防止剤無添加の「井筒ワイン」のコルクにスクリューを突き刺した。

 

我が生誕の節目を記念するこの日はその内の一日なのだ。

卵と乳製品を食べる日。

食べなければならない日。

ラクト・オボ・ベジタリアン(乳卵菜食主義者)に降格する一日だ。

 

そして、某迷惑料として戴いたクオカードで買ったコンビニエンスストアのスイーツ諸々。

密輸業者のような心持ちでレジスターに通される乳卵使用食品達を見守った。

井筒ワイン

 

邪悪な調味料や食品添加物など気にもしない唯我独尊の傍若無人振り。

白砂糖、マーガリン、イーストフード、膨張剤、乳化剤、香料…。

悪過ぎる。

肉体に悪過ぎる。

 

完全菜食者としての習慣が完全に確立されている私にとって、こんな食品を口にするなどもはや希代のサタニストの成せる所業といったレベルである。

ヴィーガンという信念をバックグラウンドに繰り広げられるこの鮮やかな宴は、もはや魔術儀式だ。

 

そして甘過ぎる。

ヴィーガンライフに慣れきった味覚領域を超越する甘さ。

逆バンジージャンプのごとく急激に上昇する血糖値を体感しつつ、苦しみに悶えながら食べ終えた後に残ったものは後悔だったが、人間の欲求について改めて考える機会としては上等であった。

 

肝心の井筒ワインについて、ワインを普段飲まないので評価は控えておくが、ほのかな香り高さが好印象だった。

 

しかしながら、来年の儀式についてはもっと熟考すべきだと思った。

やはり、食品添加物の過剰摂取は悪魔に遜る(へりくだる)行為であると直感してしまうので、自分の意思でそのような魔に歯を染める咀嚼(そしゃく)は控えねばと実感した。

 

これは、意識の中でタブーとされる行為を遂行する様々な団体についても思うことだが、あえて原理の禁忌を犯すことによって、その一時的非日常が新たな自分を発見するためのトリガーとなり得るのではないかと。

非日常が変性意識を発現させることによって、イメージ空間の大部分を占める無意識の領域へのアクセスが可能となり、無意識の書き換えを行なうことが可能な状態になり得るのではないかという理論だ。

無意識は習慣のテンプレートであり、習慣は行動の選択から波及する人生のひな形である。

よって、無意識のテリトリーに理想的なイメージを書き込むことに成功すれば、願望達成への近道となり得ると考えられる。

些か(いささか)魔術的な話だが、そのような分野については私の秘めたる野望に直結するはずであり、今後もインプットと実践及び失敗を繰り返す必要がありそうだ。

 

とにかく甘過ぎた。

 

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著/臣咲貴王

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